書名 | 単著・共著 | 年月 | 発行所、発表雑誌 (及び巻・号数)等の名称 | 編者・著者(共著の場合のみ) | 該当ページ数 | 概要 |
上司小剣 作家以前の小品『その日その日』
| 単著 | 2001年03月 | 『相愛国文』第14号 | | 32-56頁 | 上司小剣は作家として活躍する以前に、既に「その日その日」という小品によって文壇で注目されていた。本論文では、『読売新聞』に連載された「その日その日」の初出をすべて一覧にし、その〈紙面の埋め草〉としての性格を指摘した。そして、薄田泣菫の「茶話」や芥川龍之介の「侏儒の言葉」と比較することで「その日その日」の特長を指摘し、「茶話」や「侏儒の言葉」に並ぶ、近代文学史における三大小品の一つとして、上司小剣の「その日その日」を位置付けた。 |
昭和期の『萬朝報』について―萬朝報社長・長谷川善治の大日本雄弁会講談社社長・野間清治宛書簡の紹介―
| 単著 | 2001年03月 | 関西大学『国文学』第82号 | | 51-69頁 | 明治期の『萬朝報』については、〈黒岩涙香の新聞〉として、今日でもしばしば問題とされるが、黒岩死後の、特に昭和期については、その活動がほとんど報告されていない。本論文では、萬朝報社長・長谷川善治の大日本雄弁会講談社社長・野間清治宛書簡の紹介を中心に、当時の新聞記事などから、昭和期の萬朝報社が置かれていた状況や『萬朝報』の報道姿勢などを明らかにした。 |
上司小剣『鱧の皮』論
| 単著 | 2001年03月 | 関西大学『国文学』第82号 | | 35-50頁 | 上司小剣の「鱧の皮」は、大正3年1月1日発行の『ホトトギス』第17巻第4号に発表された。発表当時、田山花袋に絶賛され、上司小剣の文壇における作家的地位を確固たるものとした作品である。本論文では、「鱧の皮」について、様々な資料を駆使してその執筆時期や作品世界の時代設定を明らかにし、家出中の夫から届いた手紙を読み解いていくことで「鱧の皮」の主題を論じた。 |
上司小剣『木像』・その文学的転機
| 単著 | 2002年01月 | 関西大学『国文学』第83・84号 | | 307-327頁 | 上司小剣の「木像」は、明治43年5月6日から同年7月26日まで『読売新聞』に連載された。キリスト教を信仰する主人公と社会主義と思われる〈新思想〉の影響を受けた青年の思想的対立を描こうとした意図が窺えるのだが、作品の後半で青年が登場しなくなり、小説世界が破綻してしまう。本論文では、その原因が「木像」の連載中に起こった大逆事件にあることを明らかにした。 |
紀延興『雄山記行』〈上司家蔵〉翻刻 | 単著 | 2002年12月 | 関西大学『国文学』第85号 | | 16-35頁 | 紀延興は上司小剣の曾祖父にあたる人物である。小剣も自筆年譜の中で、この曾祖父について特記している。上司家は紀氏の後裔であり、代々手向山八幡宮の神主をつとめてきた。上司家に伝わる『雄山記行』は、紀延興の文学的素養を示す資料であると同時に、手向山八幡宮と他の寺社との交流関係、近世後期の祭儀の様子や地理・交通なども知れる史料である。その『雄山記行』を翻刻し、解題を付した。 |
久米正雄『三浦製糸場主』―その改稿をめぐって―
| 単著 | 2003年12月 | 関西大学『国文学』第87号 | | 45-59頁 | 大正4年に『帝国文学』に発表された久米正雄の戯曲「三浦製糸場主」は、大正8年に『中央公論』の「労働問題号」に再掲載された。その際大幅な改稿が行われたのであるが、先行研究においては〈筋立ては大同小異〉とされ、あまり重要視されていなかった。本論文では、もう一度異同を検証し、改稿によって労資の対立を描くことから一人の女性の悲劇を描くことに主題が変質したことを明らかにした。 |
明治期の大阪の雑誌―『大阪文芸』細目―
| 単著 | 2007年03月 | 関西大学『国文学』第91号 | | 225-246頁 | 大阪の文学が初めて全盛を見せた明治24、5年は、大阪で創刊された二大新聞、すなわち『大阪毎日新聞』と『大阪朝日新聞』の関係者が中心となって、新聞社以外の機関を興し、雑誌を発行していた。『大阪毎日新聞』で活躍していた文人たちによって組織された大阪文芸会の発行していた雑誌が『大阪文芸』である。本論文は、雑誌『大阪文芸』の記事細目に解題を付し、『大阪文芸』の発行の経緯や性格、廃刊の事情などを分析した。 |
『明暗』の旅・その交通系 | 単著 | 2007年08月 | 鳥井正晴監修・近代部会編『「明暗」論集・清子のいる風景』(和泉書院) | | 43-66頁 | 夏目漱石の「明暗」の主人公・津田は、療養のために訪れた温泉場で、かつての恋人・清子と再会する。湯治場の舞台となった場所は、湯河原温泉だと考えられる。本論文では、小説における津田の旅程を、湯河原までの実際の旅程と比較し、作者である漱石の湯河原行きが「明暗」の中で忠実に再現されていることを明らかにした。その上で、湯治場までの旅程が詳細に描かれた理由を考察した。また、湯治客の会話に出てくる〈去年の出水〉を実際に起こった災害と照合して作品世界の時間を推定した。 |
宇野千代『色ざんげ』―その語りスタイルの意味―
| 単著 | 2008年03月 | 関西大学『国文学』第93号 | | 235-249頁 | 宇野千代の「色ざんげ」は、実際に起こった洋画家・東郷青児の情死未遂事件を題材にしている。「色ざんげ」を丁寧に読むと、随所に矛盾が存在することに気づく。しかし、「色ざんげ」が聞き書きによる語りの形式で書かれているため、読者は「色ざんげ」の主人公と東郷青児を重ねて作品を読んでしまう。事件の当事者が語っていると読者に暗示をかけ、「色ざんげ」のリアリティを支えているのが、聞き書きによる語りの形式であると論じた。 |
宇野千代『色ざんげ』の成立過程―「情死未遂」との関係から―
| 単著 | 2010年05月 | 『阪神近代文学研究』第11号 | | 59-72頁 | 宇野千代の「色ざんげ」は、実際に起こった洋画家・東郷青児の情死未遂事件を題材にしている。しかし、宇野千代は「色ざんげ」を書く前に、東郷青児の情死未遂事件を題材にして、既に小説「情死未遂」を『婦人公論』に発表していたのである。この「情死未遂」は連載が中断し、未完のまま終わった作品である。しかも、「色ざんげ」のような一人称の告白体は用いられていない。本論文では、「情死未遂」が中絶した理由を考察し、その挫折が「色ざんげ」の成功に繋がったと論じた。 |
上司小剣『東京』(四部作)の成立過程──上司小剣宛石井鶴三書簡の紹介 | 単著 | 2011年03月 | 『日本近代文学館年誌 資料探索』第7号 | | 61-76頁 | 上司小剣の代表作「東京」は、大正10年から昭和22年まで約27年にわたって書き継がれたが、この間には震災や戦災もあって、「東京」の成立はかなり複雑である。日本近代文学館には「東京」の挿絵や装幀を手がけた石井鶴三の上司小剣宛書簡が所蔵されている。本論文では、上司小剣宛石井鶴三書簡を紹介しながら、今まで判然としなかった「東京」の成立過程を明らかにした。 |
上司小剣「森の家」「花道」の挿絵と装幀に関して──石井鶴三宛上司小剣書簡から | 単著 | 2012年03月 | 『信州大学附属図書館研究』第1号 | | 41-52頁 | 信州大学所蔵石井鶴三関連資料から発見された石井鶴三宛上司小剣書簡のうち、上司小剣の「森の家」「花道」に関するものを紹介しながら、小説家・上司小剣と挿絵画家・石井鶴三の関係を探ったものである。石井鶴三の挿絵が上司小剣に小説における挿絵の価値を気付かせ、上司小剣の芸術観が石井鶴三に挿絵画家としての自覚を促したことを指摘した。 |
上司小剣「絶滅」から『灰燼』への改変をめぐって | 単著 | 2012年03月 | 関西大学『国文学』第96号 | | 213-231頁 | 上司小剣の「絶滅」は「週刊社会新聞」に明治40年9月から明治41年2月まで連載されたが、作品の完結を待たずに連載が打ち切られた。上司小剣は「絶滅」の連載終了後も後半部分を書き継ぎ、さらに題名も「絶滅」から「灰燼」に改めて、明治41年6月15日春陽堂より単行本『灰燼』を刊行した。本論文では、「絶滅」と『灰燼』の異同を分析することで、「絶滅」では目黒村の崩壊を描くことにあった作者の主眼が、『灰燼』では「時代の憂鬱」を感じて煩悶する青年寺田の姿に置かれていることを明らかにした。 |
上司小剣「東京」〈愛欲篇〉の新聞連載の事情──信州大学所蔵石井鶴三関連資料から | 単著 | 2013年01月 | 『信州大学附属図書館研究』第2号 | | 1-22頁 | 信州大学所蔵石井鶴三関連資料から発見された石井鶴三宛上司小剣書簡のうち、上司小剣の「東京」〈愛欲篇〉に関するものを紹介しながら、その新聞連載の事情を探ったものである。石井鶴三と上司小剣との共同作業が円滑に進むよう、当時「東京朝日新聞」の社会部記者であった土岐善麿が尽力したことを指摘した。また、(11)「上司小剣『森の家』『花道』の挿絵と装幀に関して―石井鶴三宛上司小剣書簡から―」の補遺として、新たに見つかった『花道』の挿絵と装幀に関する書簡6通を紹介した。 |
宇野千代『日露の戦聞書』論―他者の戦争体験を記録するということ― | 単著 | 2013年03月 | 増田周子編『戦争の記録と表象―日本・アジア・ヨーロッパ―』(関西大学出版部) | | 129ー139頁 | 宇野千代の『日露の戦聞書』は、昭和18年12月5日に文体社より刊行された。『日露の戦聞書』では、聞き書きによる語りの形式が用いられている。本発表ではまず、『日露の戦聞書』の本文の生成に語り手と書き手が関与したことで複雑なテキストになっていることを指摘した。しかも、そこには戦争の肯定と戦争への懐疑という、相反する二つの方向性が内包されており、アジア・太平洋戦争中に宇野千代が『日露の戦聞書』を出版したのは、日露戦争という過去の戦争を題材に、戦争そのものにまつわる虚偽を示唆しようとしたからではないかと考察した。 |
上司小剣『東京 第一部 愛欲篇』の制作状況──信州大学所蔵石井鶴三関連資料から | 単著 | 2014年01月 | 『信州大学附属図書館研究』第3号 | | 37-48頁 | |
上司小剣『東京 第二部 労働篇』の出版とその後─信州大学所蔵石井鶴三関連資料から─ | 単著 | 2015年01月 | 『信州大学附属図書館研究』第4号 | | 21-40頁 | |
上司小剣「東京」第四部〈建設篇〉の連載と『上司小剣選集』の刊行について─信州大学所蔵石井鶴三関連資料から─ | 単著 | 2016年01月 | 『信州大学附属図書館研究』第5号
| | 29-44頁 | |
石井鶴三宛中里介山書簡四十通 翻印と註釈 ─『大菩薩峠』関連書簡を中心に | 共著 | 2017年03月 | 『信州大学附属図書館研究』臨時増刊 | 荒井真理亜、髙野奈保、多田蔵人、出口智之、松本和也 | 全80頁 | |
上司小剣「森の家」と大正期の「婦人公論」
―信州大学所蔵石井鶴三関連資料から― | 単著 | 2018年01月 | 『信州大学附属図書館研究』第7号 | | 65-76頁 | |
関西のメディア人・北尾鐐之助 | 単著 | 2018年11月 | 『〈異〉なる関西』田畑書店 | 日本近代文学会関西支部編集委員会(編) | 276-281頁 | |
上司小剣『東京』の出版に関する補遺
―信州大学所蔵石井鶴三関連資料から― | 単著 | 2019年01月 | 『信州大学附属図書館研究』第8号 | | 13-26頁 | |
石井鶴三宛北沢楽天書簡等資料九十五点 : 翻印と紹介 | 共著 | 2019年02月 | 『信州大学附属図書館研究』臨時増刊2号 | 荒井真理亜、髙野奈保、多田蔵人、出口智之、杲由美、松本和也 | 全158頁 | |
菊池幽芳「百合子」の展開―小説・挿絵・芝居 | 単著 | 2019年03月 | 『人文学研究』第4号 | | 33-54頁 | |
倉敷市蔵薄田泣菫文庫 薄田泣菫日記(大正七年一月)翻刻・解説 | 共著 | 2019年03月 | 『岡大国文論稿』47号、岡山大学言語国語国文学会 | 西山康一、荒井真理亜 | 16-33頁 | |
上司小剣未発表書簡・長田幹彦宛三通 | 単著 | 2020年03月 | 『人文学研究』第5号 | | 64-56頁 | |
上司小剣「森の家」「東京」の画組から見えてくること ー信州大学所蔵石井鶴三関連資料からー | 単著 | 2021年01月 | 『信州大学附属図書館研究』第10号 | | 87-98頁 | |