プロフィール

 

教員基礎情報
氏名 荒井 真理亜(アライ マリア) 所属 人文学科
ローマ字 Arai Maria 専攻


学歴
入学卒業学校名学部・学科学位
 1998年03月相愛大学人文学部日本文化学科 卒業学士
 2000年03月関西大学大学院博士課程前期課程文学研究科 修了修士
 2003年03月関西大学大学院博士課程後期課程文学研究科 単位取得後退学 
 2005年03月関西大学大学院博士課程後期課程文学研究科 学位取得博士(文学)
職歴(相愛大学)
開始年月終了年月学校名所属職名授業名
2004年04月2014年03月相愛大学人文学部非常勤講師 
2014年04月現在に至る相愛大学人文学部准教授 
所属学会
日本近代文学会 / 昭和文学会 / 阪神近代文学会 / 関西大学国文学会
授業科目等(現年度を含む過去3ヶ年)
年度学期授業名
2014前期日本文化基礎講読2(文学)
2014前期日本文学講読1A
2014前期日本文化演習Ⅱ-4
2014前期卒業研究-4
2014前期映像と文学
2014前期日本文化演習Ⅰ-2
2014前期日本文化演習Ⅱ-4
2014前期卒業研究-4
2014前期日本文学講読4A
2014前期映像と文学
2014前期映像と文学
2014後期日本文学講読A
2014後期日本近代文学史
2014後期卒業研究-4
2014後期日本文化演習Ⅱ-4
2014後期日本近代文学史
2014後期日本文化演習Ⅰ-2
2014後期日本文化資料論2B(近代文学)
2014後期日本文化演習Ⅱ-4
2014後期日本近代文学史
2014後期卒業研究-4
2014後期日本文学講読1B
2015前期卒業研究(2)
2015前期映像と文学
2015前期日本文化特殊講義2(日本文学)
2015前期日本文化演習Ⅱ(2)
2015前期映像と文学
2015前期専門応用演習A
2015前期日本文化特殊講義(日本文学)
2015前期映像と文学
2015前期日本文学演習A
2015後期社会人基礎力実践
2015後期日本文学講読A
2015後期文化資料論B(日本文学)
2015後期日本近代文学史
2015後期専門応用演習B
2015後期日本文化演習Ⅱ(2)
2015後期日本文化資料論2B(近代文学)
2015後期卒業研究(2)
2015後期日本近代文学史
2015後期日本文学講読1B
2016前期映像と文学
2016前期専門応用演習A(3)
2016前期日本文化特殊講義(日本文学)
2016前期日本文学演習A
2016前期映像と文学
2016前期専門研究演習(1)
2016前期専門研究演習(1)
2016後期卒業研究(1)
2016後期卒業研究(1)
2016後期卒業研究(1)
2016後期卒業研究(1)
2016後期日本文学講読A
2016後期文化資料論B(日本文学)
2016後期日本近代文学史
2016後期専門応用演習B(3)

教員研究業績
研究分野: 日本近代文学
研究キーワード: 文学 / 書誌
職務上の実績に関する事項
免許・資格
日付免許・資格概要
 中学校教諭専修(国語)、高等学校教諭専修(国語) 
研究業績に関する事項
著書
書名単著・共著年月発行所、発表雑誌 (及び巻・号数)等の名称編者・著者(共著の場合のみ)該当ページ数概要
上司小剣文学研究単著2005年10月和泉書院 全272頁上司小剣文学の初の研究書である。「鱧の皮」などの京阪情緒溢れる作品で知られている上司小剣は、明治から昭和の初期にかけて、ジャーナリストとして、小説家として、独自の地歩を築き、活躍した。上司小剣の代表作「鱧の皮」や「木像」などの作品を中心に、その文学的意義について論じ、上司小剣の伝記的事実を明らかにしていくことで、上司小剣文学の全体像を解明しようと試みた。
上司小剣コラム集単著2008年10月龜鳴屋 全487頁上司小剣はジャーナリスト時代に、「その日その日」や「一日一信」というコラムを『読売新聞』に連載し、文壇で注目されていた。これらのコラムは、発表後すぐに単行本化されたのだが、単行本にはすべてのコラムが収録されたわけではなかった。本書では、単行本未収録コラムを初出から拾って単行本収録分とあわせて全851篇を収録し、『読売新聞』に連載された上司小剣のコラムの全貌を明らかにした。
大阪文藝雑誌総覧共著2013年02月和泉書院浦西和彦・増田周子全700頁日本の近代の出版文化は東京を中心に発展してきた。しかし、大阪でも東京とは異なる独自の出版活動が展開され、様々な雑誌が刊行されてきた。それらの実体を明らかにするため、明治期から昭和期までに大阪で刊行された78点の雑誌の細目を作成し、解題を付した。そのうち、明治期の雑誌の細目作成と解題の執筆を担当した。
『道草』論集―健三のいた風景共著2013年09月和泉書院鳥井正晴・宮薗美佳全491頁夏目漱石の『道草』について、14人の研究者による『道草』論、3人のリレー形式による研究史、研究文献目録を収録した。そのうち、『道草』の研究史の一編として、「『道草』の評価をめぐって―作品発表当時から昭和二十年まで―」を執筆した。
食文化・味覚雑誌目次総覧共著2015年02月日外アソシエーツ浦西和彦・堀部功夫全860頁 
谷崎と鏡花共著2017年03月おうふう須田千里・三品理絵・外村彰・大木志門・荒井真理亜  
論文・解説等
書名単著・共著年月発行所、発表雑誌 (及び巻・号数)等の名称編者・著者(共著の場合のみ)該当ページ数概要
上司小剣 作家以前の小品『その日その日』 単著2001年03月『相愛国文』第14号 32-56頁上司小剣は作家として活躍する以前に、既に「その日その日」という小品によって文壇で注目されていた。本論文では、『読売新聞』に連載された「その日その日」の初出をすべて一覧にし、その〈紙面の埋め草〉としての性格を指摘した。そして、薄田泣菫の「茶話」や芥川龍之介の「侏儒の言葉」と比較することで「その日その日」の特長を指摘し、「茶話」や「侏儒の言葉」に並ぶ、近代文学史における三大小品の一つとして、上司小剣の「その日その日」を位置付けた。
昭和期の『萬朝報』について―萬朝報社長・長谷川善治の大日本雄弁会講談社社長・野間清治宛書簡の紹介― 単著2001年03月関西大学『国文学』第82号 51-69頁明治期の『萬朝報』については、〈黒岩涙香の新聞〉として、今日でもしばしば問題とされるが、黒岩死後の、特に昭和期については、その活動がほとんど報告されていない。本論文では、萬朝報社長・長谷川善治の大日本雄弁会講談社社長・野間清治宛書簡の紹介を中心に、当時の新聞記事などから、昭和期の萬朝報社が置かれていた状況や『萬朝報』の報道姿勢などを明らかにした。
上司小剣『鱧の皮』論 単著2001年03月関西大学『国文学』第82号 35-50頁上司小剣の「鱧の皮」は、大正3年1月1日発行の『ホトトギス』第17巻第4号に発表された。発表当時、田山花袋に絶賛され、上司小剣の文壇における作家的地位を確固たるものとした作品である。本論文では、「鱧の皮」について、様々な資料を駆使してその執筆時期や作品世界の時代設定を明らかにし、家出中の夫から届いた手紙を読み解いていくことで「鱧の皮」の主題を論じた。
上司小剣『木像』・その文学的転機 単著2002年01月関西大学『国文学』第83・84号 307-327頁上司小剣の「木像」は、明治43年5月6日から同年7月26日まで『読売新聞』に連載された。キリスト教を信仰する主人公と社会主義と思われる〈新思想〉の影響を受けた青年の思想的対立を描こうとした意図が窺えるのだが、作品の後半で青年が登場しなくなり、小説世界が破綻してしまう。本論文では、その原因が「木像」の連載中に起こった大逆事件にあることを明らかにした。
紀延興『雄山記行』〈上司家蔵〉翻刻 単著2002年12月関西大学『国文学』第85号 16-35頁紀延興は上司小剣の曾祖父にあたる人物である。小剣も自筆年譜の中で、この曾祖父について特記している。上司家は紀氏の後裔であり、代々手向山八幡宮の神主をつとめてきた。上司家に伝わる『雄山記行』は、紀延興の文学的素養を示す資料であると同時に、手向山八幡宮と他の寺社との交流関係、近世後期の祭儀の様子や地理・交通なども知れる史料である。その『雄山記行』を翻刻し、解題を付した。
久米正雄『三浦製糸場主』―その改稿をめぐって― 単著2003年12月関西大学『国文学』第87号 45-59頁大正4年に『帝国文学』に発表された久米正雄の戯曲「三浦製糸場主」は、大正8年に『中央公論』の「労働問題号」に再掲載された。その際大幅な改稿が行われたのであるが、先行研究においては〈筋立ては大同小異〉とされ、あまり重要視されていなかった。本論文では、もう一度異同を検証し、改稿によって労資の対立を描くことから一人の女性の悲劇を描くことに主題が変質したことを明らかにした。
明治期の大阪の雑誌―『大阪文芸』細目― 単著2007年03月関西大学『国文学』第91号 225-246頁大阪の文学が初めて全盛を見せた明治24、5年は、大阪で創刊された二大新聞、すなわち『大阪毎日新聞』と『大阪朝日新聞』の関係者が中心となって、新聞社以外の機関を興し、雑誌を発行していた。『大阪毎日新聞』で活躍していた文人たちによって組織された大阪文芸会の発行していた雑誌が『大阪文芸』である。本論文は、雑誌『大阪文芸』の記事細目に解題を付し、『大阪文芸』の発行の経緯や性格、廃刊の事情などを分析した。
『明暗』の旅・その交通系単著2007年08月鳥井正晴監修・近代部会編『「明暗」論集・清子のいる風景』(和泉書院) 43-66頁夏目漱石の「明暗」の主人公・津田は、療養のために訪れた温泉場で、かつての恋人・清子と再会する。湯治場の舞台となった場所は、湯河原温泉だと考えられる。本論文では、小説における津田の旅程を、湯河原までの実際の旅程と比較し、作者である漱石の湯河原行きが「明暗」の中で忠実に再現されていることを明らかにした。その上で、湯治場までの旅程が詳細に描かれた理由を考察した。また、湯治客の会話に出てくる〈去年の出水〉を実際に起こった災害と照合して作品世界の時間を推定した。
宇野千代『色ざんげ』―その語りスタイルの意味― 単著2008年03月関西大学『国文学』第93号 235-249頁宇野千代の「色ざんげ」は、実際に起こった洋画家・東郷青児の情死未遂事件を題材にしている。「色ざんげ」を丁寧に読むと、随所に矛盾が存在することに気づく。しかし、「色ざんげ」が聞き書きによる語りの形式で書かれているため、読者は「色ざんげ」の主人公と東郷青児を重ねて作品を読んでしまう。事件の当事者が語っていると読者に暗示をかけ、「色ざんげ」のリアリティを支えているのが、聞き書きによる語りの形式であると論じた。
宇野千代『色ざんげ』の成立過程―「情死未遂」との関係から―  単著2010年05月単著 『阪神近代文学研究』第11号 59-72頁宇野千代の「色ざんげ」は、実際に起こった洋画家・東郷青児の情死未遂事件を題材にしている。しかし、宇野千代は「色ざんげ」を書く前に、東郷青児の情死未遂事件を題材にして、既に小説「情死未遂」を『婦人公論』に発表していたのである。この「情死未遂」は連載が中断し、未完のまま終わった作品である。しかも、「色ざんげ」のような一人称の告白体は用いられていない。本論文では、「情死未遂」が中絶した理由を考察し、その挫折が「色ざんげ」の成功に繋がったと論じた。
上司小剣『東京』(四部作)の成立過程──上司小剣宛石井鶴三書簡の紹介単著2011年03月『日本近代文学館年誌 資料探索』第7号 61-76頁上司小剣の代表作「東京」は、大正10年から昭和22年まで約27年にわたって書き継がれたが、この間には震災や戦災もあって、「東京」の成立はかなり複雑である。日本近代文学館には「東京」の挿絵や装幀を手がけた石井鶴三の上司小剣宛書簡が所蔵されている。本論文では、上司小剣宛石井鶴三書簡を紹介しながら、今まで判然としなかった「東京」の成立過程を明らかにした。
上司小剣「森の家」「花道」の挿絵と装幀に関して──石井鶴三宛上司小剣書簡から単著2012年03月『信州大学附属図書館研究』第1号 41-52頁信州大学所蔵石井鶴三関連資料から発見された石井鶴三宛上司小剣書簡のうち、上司小剣の「森の家」「花道」に関するものを紹介しながら、小説家・上司小剣と挿絵画家・石井鶴三の関係を探ったものである。石井鶴三の挿絵が上司小剣に小説における挿絵の価値を気付かせ、上司小剣の芸術観が石井鶴三に挿絵画家としての自覚を促したことを指摘した。
上司小剣「絶滅」から『灰燼』への改変をめぐって単著2012年03月関西大学『国文学』第96号 213-231頁上司小剣の「絶滅」は「週刊社会新聞」に明治40年9月から明治41年2月まで連載されたが、作品の完結を待たずに連載が打ち切られた。上司小剣は「絶滅」の連載終了後も後半部分を書き継ぎ、さらに題名も「絶滅」から「灰燼」に改めて、明治41年6月15日春陽堂より単行本『灰燼』を刊行した。本論文では、「絶滅」と『灰燼』の異同を分析することで、「絶滅」では目黒村の崩壊を描くことにあった作者の主眼が、『灰燼』では「時代の憂鬱」を感じて煩悶する青年寺田の姿に置かれていることを明らかにした。
上司小剣「東京」〈愛欲篇〉の新聞連載の事情──信州大学所蔵石井鶴三関連資料から単著2013年01月『信州大学附属図書館研究』第2号 1-22頁信州大学所蔵石井鶴三関連資料から発見された石井鶴三宛上司小剣書簡のうち、上司小剣の「東京」〈愛欲篇〉に関するものを紹介しながら、その新聞連載の事情を探ったものである。石井鶴三と上司小剣との共同作業が円滑に進むよう、当時「東京朝日新聞」の社会部記者であった土岐善麿が尽力したことを指摘した。また、(11)「上司小剣『森の家』『花道』の挿絵と装幀に関して―石井鶴三宛上司小剣書簡から―」の補遺として、新たに見つかった『花道』の挿絵と装幀に関する書簡6通を紹介した。
宇野千代『日露の戦聞書』論―他者の戦争体験を記録するということ―単著2013年03月増田周子編『戦争の記録と表象―日本・アジア・ヨーロッパ―』(関西大学出版部) 129ー139頁宇野千代の『日露の戦聞書』は、昭和18年12月5日に文体社より刊行された。『日露の戦聞書』では、聞き書きによる語りの形式が用いられている。本発表ではまず、『日露の戦聞書』の本文の生成に語り手と書き手が関与したことで複雑なテキストになっていることを指摘した。しかも、そこには戦争の肯定と戦争への懐疑という、相反する二つの方向性が内包されており、アジア・太平洋戦争中に宇野千代が『日露の戦聞書』を出版したのは、日露戦争という過去の戦争を題材に、戦争そのものにまつわる虚偽を示唆しようとしたからではないかと考察した。
上司小剣『東京 第一部 愛欲篇』の制作状況──信州大学所蔵石井鶴三関連資料から単著2014年01月『信州大学附属図書館研究』第3号 37-48頁 
薄田泣菫と国木田独歩単著2014年03月倉敷市編『倉敷市蔵薄田泣菫宛書簡集 作家篇』(八木書店古書出版部) 225-234頁 
上司小剣『東京 第二部 労働篇』の出版とその後─信州大学所蔵石井鶴三関連資料から─単著2015年01月『信州大学附属図書館研究』第4号 21-40頁 
薄田泣菫との接点ー上田敏、柳原白蓮、日夏耿之介ー単著2015年03月倉敷市編『倉敷市蔵薄田泣菫宛書簡集 詩歌人篇』(八木書店古書出版部) 210-221頁 
上司小剣「東京」第四部〈建設篇〉の連載と『上司小剣選集』の刊行について─信州大学所蔵石井鶴三関連資料から─ 単著2016年01月信州大学附属図書館研究(第5号)  29-44頁 
「上方食道楽」解説単著2016年10月丸善雄松堂『上方食道楽・食通』   
その他
書名単著・共著年月発行所、発表雑誌 (及び巻・号数)等の名称編者・著者(共著の場合のみ)該当ページ数概要
『大阪朝日新聞』(明治二十五年一月)文芸関係記事細目単著1999年09月『千里山文学論集』第62号 125-142頁明治25年は、『大阪朝日新聞』の関係者が浪華文学会を発足した年である。浪華文学会の活動や浪華文学会が発行していた文学雑誌『なにはがた』について調べる目的から、明治25年の『大阪朝日新聞』の文芸記事細目を作成した。しかし、本細目は収録する記事内容を文学に限定しないで、上演予告や劇評などの演劇関係の記事、新刊紹介や新聞・雑誌の発行停止・解停などの出版に関する記事などを広く拾っており、様々な学問分野で活用できるよう工夫した。
『大阪朝日新聞』(明治二十五年二月)文芸関係記事細目単著2000年03月『千里山文学論集』第63号 155-184頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年三月・上)文芸関係記事細目単著2000年09月『千里山文学論集』第64号 59-90頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年三月・下)文芸関係記事細目単著2001年03月『千里山文学論集』第65号 55-72頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年四月・上)文芸関係記事細目単著2001年09月『千里山文学論集』第66号 83-107頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年四月・下)文芸関係記事細目単著2002年03月『千里山文学論集』第67号 1-18頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年五月)文芸関係記事細目単著2002年09月『千里山文学論集』第68号 119-145頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年六月)文芸関係記事細目単著2003年03月『千里山文学論集』第69号 137-160頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年七月)文芸関係記事細目単著2003年09月『千里山文学論集』第70号 135-154頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年八月)文芸関係記事細目単著2004年03月『千里山文学論集』第71号 153-178頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年九月)文芸関係記事細目単著2004年09月『千里山文学論集』第72号 137-156頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年十月)文芸関係記事細目単著2005年03月『千里山文学論集』第73号 97-117頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五年十一月)文芸関係記事細目単著2005年09月『千里山文学論集』第74号 175-202頁 
『大阪朝日新聞』(明治二十五月十二月)文芸関係記事細目単著2006年03月『千里山文学論集』第75号 55-89頁