プロフィール

 

教員基礎情報
氏名 釈 徹宗(シャク テッシュウ) 所属 仏教文化学科 / 人文学科 / 大学
ローマ字 SYAKU TESSYU 専攻


学歴
入学卒業学校名学部・学科学位
 1984年03月龍谷大学文学部仏教学科 
 1986年03月龍谷大学大学院文学研究科(修士課程) 真宗学専攻修了文学修士
 1989年03月龍谷大学大学院文学研究科(博士課程) 真宗学専攻修了 単位取得満期退学 
 2001年03月大阪府立大学大学院人間文化研究科(博士課程) 比較文化専攻修了博士(学術)
職歴(相愛大学)
開始年月終了年月学校名所属職名授業名
1997年04月2008年03月相愛大学人文学部非常勤講師 
職歴(相愛大学以外)
開始年月終了年月学校名所属職名授業名
1989年04月2005年03月龍谷大学文学部非常勤講師 
2008年04月2010年03月兵庫大学商学福祉学部社会福祉学科教授 
所属学会
日本印度学仏教学会 / 日本宗教学会 / 日本比較思想学会 / 日本仏教学会
学協会活動
開始年月終了年月所属役職名
1986年05月現在に至る日本印度学仏教学会 (現代に至る) 
1991年09月現在に至る日本宗教学会 (現代に至る) 
2000年05月現在に至る日本比較思想学会 (現代に至る) 
2010年05月現在に至る真宗学会理事就任 (現代に至る) 
2010年05月現在に至る日本仏教学会理事就任 (現代に至る) 
社会貢献活動等
開始年月終了年月事項
2003年02月現在に至る認知症高齢者対応共同生活居宅介護むつみ庵 開設
2007年07月現在に至るケアプランセンターかんのん開設
受賞歴
受賞年月事項受賞者
2009年01月第五回「涙骨賞」優秀賞 (中外日報社) 
授業科目等(現年度を含む過去3ヶ年)
年度学期授業名
2012前期建学の精神(8)
2012後期日本文化特殊講義2
2012後期仏教心理学(A)(B)(C)
2012前期基礎演習B(1)
2012後期宗教学概論B
2012前期仏教と生活
2012前期仏教文化講読1A
2013前期宗教学A(8)
2013前期建学の精神(8)
2013後期日本文化特殊講義2
2013後期日本文化特殊講義3(大阪文化)
2013前期基礎演習B(1)
2013後期宗教学概論B
2013後期仏教と芸能
2013後期仏教と上方文化
2013前期人文学概論
2013後期宗教学概論B
2014前期人文学概論
2014前期宗教史
2014前期日本文化特殊講義2
2014前期建学の精神-7
2014前期宗教学A-7
2014前期仏教文化演習Ⅱ
2014前期日本文化特殊講義3(大阪文化)
2014後期宗教学概論B
2014後期卒業研究
2014後期卒業研究
2014後期仏教と芸能
2014後期寺院運営論
2014後期宗教学概論B
2015前期大阪宗教文化論
2015前期仏教文化演習Ⅱ
2015前期専門応用演習A
2015前期人文学概論
2015前期宗教史
2015後期宗教学概論B
2015後期日本文化特殊講義(大阪文化)
2015後期卒業研究
2015後期卒業研究
2015後期仏教と芸能
2015後期真宗学特殊講義A
2015後期真宗学特殊講義B
2015後期宗教学概論B
2015後期日本文化特殊講義3(大阪文化)
2016前期寺院運営論
2016前期専門研究演習(8)
2016前期専門研究演習(8)
2016前期宗教史
2016前期専門応用演習A(6)
2016後期宗教学概論B
2016後期卒業研究(8)
2016後期卒業研究(8)
2016後期社会人基礎力実践
2016後期日本文化特殊講義(大阪文化)
2016後期専門基礎演習B(3)
その他の教育活動
年度学内学外
2010シンポジウム開催(2回) 相愛寄席開催。国際仏教文化協会理事
2011東日本大震災ボランティア(教育改革) カエルキャラバン隊(防災指導訓練) シンポジウム開催(2回) 相愛寄席仏教文化学科・應典院共催講座 池田市立小学校・中学校運営委員 国際仏教文化協会理事
2012ボランティアサークル引率・指導(教育改革) シンポジウム開催。 相愛寄席開催。仏教文化学科・應典院共催講座 池田市立小学校・中学校運営委員 国際仏教文化協会理事

教員研究業績
研究分野: 比較宗教思想研究 / 宗教文化
研究キーワード: 宗教 / 仏教 / 真宗
教育上の能力に関する事項
教育方法の実践例
開始年月終了年月表題概要
1989年04月現在に至る・毎回、WORDによる教材の作成。最新の資料を配布。 ・VTRやパワーポイントを使用したスライド、宗教音楽の録音を使う、などの視聴覚教育を行っている。・実践例の具体的内容 講義の冒頭「世界の宗教ニュース」を取り上げて解説。あるいは、世界の映画や音楽など宗教的文化を取り上げて解説。その後、宗教学や宗教史の講義(このとき、パワーポイントを使って事例紹介)。 毎回、出席カードの裏を使って質問を受け付け、講義中に応答。 講義終了時に、「宗教文化士」の模擬試験問題を使って、宗教理解へのトレーニングを行う。 「オカルト・超常現象」について考察する際、実際に「スプーン曲げ」を行なうなど、リアルに「超常現象問題の場」を体験してもらう。 あるいは、受講生に「自らの立場を明確にして立論」してもらい、さらにその自分の立論に対して反論を試みるなどの思考トレーニングを行なう。「自らの大切なものを紙にいくつか書いて、自分の死をイメージして、次第に紙を捨てていく」という死生学のイメージトレーニングも試みている。 ・当該教育方法を実践した科目 「宗教学」「仏教学」 ・学生の反応 アンケートや試験答案用紙には、これまで多くの学生が「宗教についての理解を深めた」「人間を多様に見る目を養った」などといった記入をしている。 ・実践例の具体的内容 受講生に「応用倫理に関する自らの立場を明確にして立論」してもらい、さらにその自分の立論に対して反論を試みるなどの思考トレーニングを行なう。また、「自らの大切なものを紙にいくつか書いて、自分の死をイメージして、次第に紙を捨てていく」という死生学のイメージトレーニングも試みている。 ・当該教育方法を実践した科目 「生命倫理」 ・学生の反応 生と死について深く学び、「自己決定」とは何かについて自分なりに考えることができた、と述べる受講生が多い。また、ときには感情が高ぶったり、自らの体験とリンクしてしまい、泣き出す受講生もいた。                      ・実践例の具体的内容 内田樹先生と二人でやりとりをしながら講義を進め、その後、受講生の質問に対して応えるという形態を試みた。また、受講生全員を京都の寺院へと連れて行き、いくつか特徴的な場所を回った後、文化について討論を行った。 ・当該教育方法を実践した科目 「比較文化論特殊講義」 ・学生の反応 今でも、もう一度あの講義を行ってもらいたい、という要望が学生から神戸女学院大学の学生課や内田樹先生の方にくると聞いている。 ・実践例の具体的内容 噺家の桂春之輔師匠と共に講義を行っている。私が「宗教と文化」「日本仏教と落語」といった講義を行い、春之輔師匠が芸談を行う。また毎回、噺家さんに来てもらって高座実演をお願いしている。他大学にはないユニークな講義であり、社会人の参加も多い。 ・当該教育を実践した科目 「日本文化特殊講義」
作成した教科書、教材
開始年月終了年月表題概要
2009年07月現在に至る『宗教聖典を乱読する』・テクニカル・タームやキーワードを穴埋めしていくようなプリントを作成。 ・当該科目 「仏教学」「日本の宗教」「仏教の思想」「宗教学」「生命倫理」「人間発達論基礎演習」「宗教と人生」「哲学」「宗教と文化Ⅰ(仏教)」 2009年7月 ヒンドゥー教、神道、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、仏教の聖典を題材に、「宗教とは」を考える比較宗教学書。各宗教が依りどころとする原典を購読することで、それぞれの宗教的情緒や行為様式を語る。文化的背景を重視し、他者とつながることに視点をおいている。(平成元年4月から現在に至るまで)  平成元年4月から現在に至るまで
2009年11月現在に至る『ゼロからの宗教の授業』 
実務の経験を有する者についての特記事項
開始年月終了年月表題概要
 現在に至る特定非営利活動法人(NPO)の立ち上げ及び運営。NPO法人によるグループホーム、ケアプランセンターの運営。難病の方へのサポート。少子高齢化に向けての取り組みに関する提言や行政との連携。
その他
開始年月終了年月表題概要
1997年07月現在に至る浄土真宗本願寺派で得度。1997年7月31日 浄土真宗本願寺派で得度。
2002年09月現在に至るNPO法人リライフ代表就任。2002年9月1日 NPO法人リライフ代表就任。
2003年05月現在に至る八幡山如来寺の第十九世住職2003年5月15日 浄土真宗本願寺派・八幡山如来寺の第十九世住職。
職務上の実績に関する事項
免許・資格
日付免許・資格概要
1984年3月1日浄土真宗本願寺派教師昭和52年に浄土真宗本願寺派で得度。その後、59年で教師資格取得。
その他
日付事項概要
2006年5月1日浄土真宗本願寺派布教使課程「他宗教」を担当。 平成18年5月より現在
2007年4月1日節談説教研究会副会長を担当。 平成19年より現在
研究業績に関する事項
著書
書名単著・共著年月発行所、発表雑誌 (及び巻・号数)等の名称編者・著者(共著の場合のみ)該当ページ数概要
『インターネット持仏堂1ーいきなりはじめる浄土真宗ー』共著2005年03月本願寺出版社  フランス現代思想研究者である内田樹氏(神戸女学院大学教授)との往復意見交換によって、「人間」「宗教」「倫理」など多方面において語っている。  往復書簡は「その1」から「その9」までやりとりされ、ラカン・甲野善紀・月光仮面・マタイ伝・ヒューム・レヴィナスと幅広い言説のキャッチボールとなる。さらに、「間狂言」と称して、宗教学の基礎を解説している。  新書化にあたり全編に脚注が付加されている。 共著者:内田樹、釈徹宗                       本人担当部分:抽出不可能
『インターネット持仏堂2ーはじめたばかりの浄土真宗ー』共著2005年03月本願寺出版社  フランス現代思想研究者である内田樹氏(神戸女学院大学教授)との往復意見交換によって、「人間」「宗教」「倫理」など多方面において語っている。  往復書簡は「その1」から「その9」までやりとりされ、ラカン・甲野善紀・月光仮面・マタイ伝・ヒューム・レヴィナスと幅広い言説のキャッチボールとなる。さらに、「間狂言」と称して、宗教学の基礎を解説している。  新書化にあたり全編に脚注が付加されている。 共著者:内田樹、釈徹宗                       本人担当部分:抽出不可能
『いきなりはじめる仏教生活』単著2008年04月バジリコ  自我の肥大に悩む現代人に、仏教の知見を手あたり次第活用して日常を生きる、仏教生活を提案。「プチ出家にプチ修行、合掌して「三帰依文」を唱えれば、今日からあなたも立派なブッディスト」。「これからの人生を仏教徒として生きてみれば、それだけで自由な回路が開けてくる。「いやになったらやめればいい」などと、読者に大胆な提言を行なった著作。
『仏教ではこう考える』単著2008年11月学研  「京都新聞」で2年3ヶ月にわたり連載した「紙上問答」が第一部として掲載されている。難問・奇問・珍問にも誠実に応答するように心がけた。また第二部では、住職としての日常における苦悩を吐露しながら、現代に問題提起するような意図を潜めている。
『いきなりはじめるダンマパダ』単著2008年11月サンガ  平成19年に、7回にわたって應典院という寺院で行われた公開仏教講座が書籍化されたもの。最古の仏典のひとつ『ダンマパダ』をテキストに仏教の基盤から倫理や生活規範、さらには日本仏教との比較まで幅広く語っている。
『不干斎ハビアン』単著2009年01月新潮社  『妙貞問答』によって仏教・儒教・道教・神道を批判し、その後晩年になってキリスト教の批判書『破提宇子』を著した不干斎ハビアン(巴鼻庵)。元・禅僧であったがキリシタンへと改宗し、日本人修道士の中心的存在として活躍した。キリシタン教団の理論的支柱となり、林羅山を始め多くの論者とも宗教論争を戦わせている。しかし、なぜか突如ハビアンはキリシタンを棄教する。彼はなぜ禅僧から修道士となり、またなぜキリシタンを棄教したのか。とにかく、彼の著作『破堤宇子』は、キリシタン教団から「地獄のペスト」と呼ばれ、怖れられたという資料が残っている。 それにしても、世界に先駆けて各宗教をことごとく相対化して論じた日本人がいたのは驚くべきことである。その当時、仏教からキリスト教までを批判した地平を見たこのハビアンの生涯、『妙貞問答』、そして『破堤宇子』を分析・解読することによって、彼がたどり着いた世界を垣間見ようと試みた。そして、その結果、すべての宗教体系を相対化した先に彼がみた光景は、意外にも現代人の身近なところにあるということがわかった。 例えば、ハビアンの宗教態度は、「宗教の個人化」「宗教の無地域化」「道具箱的態度」、これらは現代社会において急増している「あるタイプの宗教的人格」と相似している。ハビアンの思想軌跡を追体験することによって、現代人の宗教性の正体も見えてくるのだ。一方、ハビアンと現代スピリチュアル・ムーブメントとの相違点もある。まず、現代スピリチュアリティのフィールドでは、情報としての宗教性、消費される宗教性、といった感が強い。これに対して、ハビアンは少なくとも、真摯にその宗教の体系を歩み、求道者として生き抜こうとしている。またハビアンの宗教性は、数限りない対話と討論によって練り上げられた強さを感じる。彼の著作は、いずれも立論と反論で構成されているのである。   しばしばハビアンは、宗教者ではなく合理主義者であるとか社会科学者であると評される。しかし、ハビアンが単なる合理主義者だとは思えない。
『現代霊性論』共著2010年02月講談社  生とは、死とは、霊とはなにか? お葬式から、タブー、霊能者、新宗教、カルト、占い依存症、スピリチュアルブームまで、現代の霊性(スピリチュアリティ)への現象学的アプローチ。 「スピリチュアルの毒」にあたらないために、現代日本人のために、連続講座を書籍化したもの。
『現代人の祈り-呪いと祝い』共著2010年07月サンガ  〈他者〉は顔や声や名前をもって〈私〉の前に現れる。 〈私〉は〈他者〉なしには生きられない。 しかし、突き詰めれば〈私〉は、死者を含めた〈他者〉に対して祈ることしかできない。 では、人はいったいどのようなときに祈るのか? 呪いと祝い、顔と人格、仏教と精神医学―― 宗教性の多様な側面を通して、〈私〉と〈他者〉を語る。
『親鸞-救済原理としての絶対他力』単著2010年09月佼成出版社  もはや、近代が行き詰まり、ポストモダン言説もすでに消費され切ってしまった。現代人の宗教性や宗教心の傾向は、「無地域化」「道具化」「個人化」などの特徴が顕著となってきている。このような状況において、我々は親鸞から何を学べるのか、といった論考。
『おてらくご-落語の中の浄土真宗』単著2010年09月本願寺出版社  宗教と芸能との関係から始まり、日本仏教の説教と落語との関係を語った書。落語「お文さん」をリライトして収録。他にも節談説教が1席収録されている。
『おせっかい教育論』共著2010年09月140B  教育とはビジネスではなく、個人の利益追求でもなく、もちろん商品でもない。その本質は「おせっかい」である──。 日本有数の思想家、大学総長、住職、大阪市長の4人が、「街場の学び」と「これからの教育」、そして、それを支える「共同体の再生」について語り合った。 2回で計6時間以上にわたった、3度目はないような濃密な座談会を完全収録。 「知識を得たり、技術を身に付けたり、資格を取ったりして、それで高い年収を得たり、社会的地位や威信を獲得したり、そういう自己利益を達成するために人は教育を受けるのだという思想が広まってしまった。それが教育崩壊の根本にあると思います(本文より)」という内田樹氏の問題提起に始まり、教育を通してニッポン社会の歪みをズバズバ指摘していく、「目からウロコ」の1冊。 第一夜(2009年10月1日、ナカノシマ大学での座談会)、 第二夜(2010年1月、大阪市内某所での完全クローズド座談会)に加え、本書のために4氏が新たに書き下ろした「教育論」(2010年7月)を収録。
『キッパリ生きる仏教生活』単著2011年06月技術評論社  瞑想する、念仏をとなえる、深く呼吸する、お布施する、巡礼する、など。仏教の教えのなかには「身心を調える技法」として使えるものが膨大に含まれている。ひとつひとつは些細であるが、日常で実践していればここぞという時に輝くような小さな仏教的実践をイラスト入りで解説。絶望のどん底に陥った時、病床についた時、臨終の時……思い通りにならない自分を、仏教のスキルでシェイプアップ。仏教二千五百年の智慧を解説。
『覚悟の決め方』共著2011年06月扶桑社  「本書は危険な道に踏み込む『覚悟』を持った、勇気ある僧侶たちの「3・11後」の言説が集められている」(評論家・宮崎哲弥 本書解説より) 地震や津波、制御不能となった原発への不安・恐怖、機能しない行政システムへの怒り、何もできない無力さ……。 日常の儚さ、隣り合わせにある死を体感し、多くの人がいまだ混乱の只中にいるなか、必要とされるのは“日常”を生きる“哲学”。 そのヒントは“仏教”にあった。本書は、地震後の“空虚”への処方箋、価値観の再構築のヒントを、5人の僧侶が仏道の見地からわかりやすく提示。
『自然を生きる』共著2011年07月東京書籍  「タテとヨコ」から見る決定版日本論。 日本人のあるべき姿とは?守るべきものとは? 現代社会の諸側面を禅僧・玄侑宗久氏とともに語る。仏教・道教・儒教などの視点を織り交ぜ、日本文化論を展開。東日本大震災の3週間前の福島で行われた対談をまとめたもの。
『親鸞の迷い』共著2011年09月新潮社  「どのような修行も到底やり通せない身なのですから、地獄こそが、私の落ちゆくところと決まっているのです」。僧として修行の日々を送りながら、なお断つことのできない煩悩の自覚。若き日の親鸞(1173‐1262)が苦悩の末に出会ったのは、「一心に念仏をとなえるだけで、阿弥陀仏の本願の力(他力)によって救われる」という師・法然の教えだった。越後への流罪という苦難を乗り越え、その人生を他力本願の信仰と実践についやした求道者にして浄士真宗の祖・親鸞の生涯を豊富なビジュアルとともに辿り、釈徹宗がわかりやすく解説し、梅原猛が白熱の論考を行っている。
『法然親鸞一遍』単著2011年10月新潮社  “悟り”ではなく、“救い”の道を―。仏教のベクトルに大転換をもたらし、多くの支持を得た日本浄土仏教は、いかにして生まれたのか。念仏を選択し、凡人が救われる道を切り拓いた法然。「その念仏は本物か」と問い続け、「悪人」のための仏道を説いた親鸞。「捨てる・任せる」を徹底し、遊行の境地に達した一遍。浄土宗・真宗・時宗の三祖を比較し、それぞれの「信心」に迫る。
『仏教シネマ』共著2011年11月サンガ  映画という近代を代表するメディアを通して死生観を考察する。生老病死+葬…。スクリーンに描かれた「隠された宗教性」を、釈と秋田光彦氏とが語る。映画作品から感知される「死者のまなざし」は現代を生きる私たちに何を伝えようとしているのか。独特の視点から読み解いていく。
『仏教教理問答』共著2011年12月サンガ  仏教者を自任する評論家・宮崎哲哉氏と僧侶5人との連続対論。仏教の深い教理にまで踏み込んだ真剣な対話を収録。
『浄土真宗の原点を知る』共著2011年12月河出書房  750回大遠忌を機に親鸞の研究史を振り返り、思想の現代性を問う。釈徹宗以外に、松尾剛志、伊東乾、熊谷誠慈、林智康、延塚知道などが執筆。「親鸞研究の今」を知るための一冊。釈徹宗は「親鸞、共振する単独者」を執筆。
『親鸞の教えと歎異抄』単著2012年03月ナツメ社  「浄土真宗にとって極めて大切な聖教であるが、機縁が熟していないものには、容易にこの書を見せてはならない」と言われている歎異抄。親鸞の思想および、歎異抄に込められた真意をていねいに解説する。
『大阪の神さん仏さん』共著2012年10月140B  大阪を神仏から論じた文化論。 大阪の人々の精神性をクリエイトしてきた 住吉大社、四天王寺、生國魂神社、大阪天満宮…などを取り上げる。 土地に根差した神社やお寺に目を向けることから、 大阪という都市や、そこに生きる人々の特性を読み解いていく。 神社やお寺の特徴から大阪という都市の特性を考察したり、キリスト教などと比較することから日本や大阪の信仰のあり方を位置づけたり、独特の視点から語られている。
論文・解説等
書名単著・共著年月発行所、発表雑誌 (及び巻・号数)等の名称編者・著者(共著の場合のみ)該当ページ数概要
「宗教とケアリング 宗教教育とスピリチュアルケアに関する一考察」単著2001年04月『ケアリング研究への誘い 理論と実践』風間書房  ケアリングという領域と教育という領域とを結びつけるファクターとしての宗教について論考。
「鈴木大拙『日本的霊性』の再考ー現代霊性論との比較ー」単著2006年03月『現代社会と浄土真宗の課題』法蔵館  現代社会の様々な領域において語られる「スピリチュアリティ」。"sprituality″を「霊性」と翻訳したのは鈴木大拙である。大拙の霊性論と、現代人のスピリチュアリティ・ムーブメントとを比較。現代霊性論の陥穽について言及している。21世紀は「霊性の時代」だと予見する哲学者や思想研究者は少なくない。  今こそ、大拙が「霊性」に不可欠の要素と考えた「大地性」と「自己否定」について再考されねばならない。 pp.161-178
「一遍智真の身体性」単著2006年11月『仏教 文学 芸能』思文閣  メアリー・ダグラスは「近代社会は身体性を枯らせていく」ことを喝破していた。その反動であろうか、現代人は宗教に身体性を求める傾向にある。  高い宗教的身体性を有していた一遍を分析することにより、現代の宗教性を解明する手がかりとした。一遍の生活形態への価値観は、その後に大きな影響を与えている。  浄土仏教三祖の中で、一遍の身体性への傾斜は突出している。遊行や踊躍念仏という道を選択した一遍の高い身体性や儀礼について論考。 pp.277~288
「不干斎ハビアン論」単著2008年09月「中外日報」中外日報社  今から約四百年前、『妙貞問答』という著作で仏教・儒教・道教・神道を細密に研究した上でことごとく批判し、その後晩年になってキリスト教の批判書『破堤宇子』を著した不干斎ハビアン(把鼻庵)という人物がいた。元・禅僧であったがクリスチャンへと改宗し、日本人キリシタンの中心的存在として活躍した。日本キリシタン教団の理論的支柱であったと言ってよい。そして、林羅山を始め、多くの論者とも宗教論争を戦わせている。 しかし、なぜか突如としてハビアンはキリシタンを棄教する。彼の著作である『破堤宇子』は、キリシタン教団から「地獄のペスト」と呼ばれ、怖れられたという資料が残っている。 それにしても、ヨーロッパでキリスト教が相対化され、各宗教との比較論が始まる二世紀以上前のことである。ゆえに、その当時、仏教からキリスト教までを批判した地平を見た唯一の人物、世界初の比較宗教学者と言ってもよいかもしれない。そのような人物が、十六~十七世紀の日本にいたこと自体驚きである。 その特異な経歴と著作には興味をもたずにはおれない。ハビアンの生涯、『妙貞問答』、そして『破堤宇子』を分析・解読することによって、彼がたどり着いた世界を垣間見る。そして、実はすべての宗教体系を相対化した先に広がっていた光景は、意外にも現代人の身近なところにある。ハビアンの思想軌跡を追体験することによって、現代人の宗教性の正体も見えてくる。
「浄土をいかに伝えうるか」共著2009年03月『龍谷教学44号』龍谷教学会議  平成六月三日・四日にかけて行われた第四十四回龍谷教学会議におけるシンポジウム「浄土をいかに伝えうるか」を加筆・収録したもの。新宗教の研究として著名な井上順孝氏(國學院大學)と、真宗の信心を医療現場での実践へと展開している宮在幸枝氏(みやざきホスピタル理事長)との鼎談である。 三者三様の意見が衝突するような様相となった。 こちらからは、「対話の言葉を紡ぐ」「宗教性は共振現象によって伝わる」「機能論や象徴論で浄土を語る」などの提案をした。
「藤野節の軌跡」単著2009年06月『節談説教』第三号  節談説教の主流を形成してきた「東保流」を継承しながら、独自の工夫を凝らしてきた藤野宗城に対する論考。 藤野節が形成されるまでの経緯と、これからの展望について言及している。
「真宗とルーテル派ーキリシタンの視点を手がかりにしてー」単著2009年11月『武田龍精先生退官記念論集』法蔵館  真宗教団とプロテスタント特にルーテル派の主張)とは共通点が多い、ということを最初に指摘したのは、十六世紀から十七世紀にかけて来日した宣教師たちだった。 キリシタンが日本にその根を下ろし始めた当時の真宗教団は、石山本願寺を中心として大きな勢力を誇っている。宣教師達はその著書や書簡の中で、本願寺の顕如が日本で最も有力な僧侶で、その宗派は(自分達にとって)最も有害である、としている。フロイス(Luis Frois 1532-1597)は、「これはキリシタンの恐るべき敵である」と書き残している。 ルーテル派との比較と、 (ルーテル派を知る)キリシタン教団から真宗はどのように映ったかを読み解くことによって、真宗という宗教の特性を浮かび上がらせようというのが本稿のテーマである。