プロフィール

 

教員基礎情報
氏名 中村 圭爾(ナカムラ ケイジ) 所属 文化交流学科 / 人文学科 / 大学
ローマ字 専攻
性別


学歴
入学卒業学校名学部・学科学位
 1969年03月大阪市立大学文学部文学科文学士
 1972年03月大阪市立大学大学院文学研究科(修士課程)東洋史学専攻修了文学修士
 1973年03月大阪市立大学大学院文学研究科(博士課程)東洋史学専攻退学 
 1984年03月大阪市立大学文学博士 「六朝貴族制研究」 
職歴(相愛大学)
開始年月終了年月学校名所属職名授業名
2010年04月現在に至る相愛大学人文学部教授基礎演習 漢文学講読 比較文化論 社会人基礎力形成演習
職歴(相愛大学以外)
開始年月終了年月学校名所属職名授業名
1973年04月1976年03月大阪市立大学文学部助手東洋史講読
1976年04月1981年03月大阪市立大学文学部講師東洋史、東洋史特講
1981年04月1993年03月大阪市立大学文学部助教授東洋史通論、東洋史演習
1993年04月2006年03月大阪市立大学文学部教授東洋史学研究、東洋史学研究演習
2001年04月2006年03月大阪市立大学大学院文学研究科教授東洋史学特殊研究・研究演習D○合
2006年04月2010年03月公立大学法人大阪市立大学 理事兼副学長 
所属学会
東方学会 / 魏晋南北朝史研究会
学協会活動
開始年月終了年月所属役職名
1976年07月現在に至る東方学会会員(現在に至る) 
2001年09月現在に至る魏晋南北朝史研究会会員(現在に至る) 
社会貢献活動等
開始年月終了年月事項
2012年04月2016年03月府立咲洲高等学校学校協議会委員長
授業科目等(現年度を含む過去3ヶ年)
年度学期授業名
2014前期漢文学講読B
2014前期文化交流演習Ⅱ-2
2014前期アジア文化講読
2014前期東洋思想史
2014前期大学と地域社会
2014前期人文学概論
2014後期社会人基礎力形成演習
2014後期大学と地域社会
2014後期卒業研究-2
2015前期大学と地域社会
2015前期漢文学講読B
2015前期人文学概論
2015前期漢文学講読B
2015前期東洋思想史
2015前期アジア文化講読
2015前期文化交流演習Ⅱ(2)
2015後期卒業研究(2)
2015後期卒業研究(2)
2015後期社会人基礎力形成演習
2015後期大学と地域社会
2016前期大学と地域社会
2016前期漢文学講読B
2016前期比較文化論
2016前期人文学概論
2016前期基礎演習A(1)
2016後期社会人基礎力形成演習
2016後期比較文化論演習
2016後期大学と地域社会

教員研究業績
研究分野: 人文学
研究キーワード: 中国古代 / 中近世史
研究業績に関する事項
著書
書名単著・共著年月発行所、発表雑誌 (及び巻・号数)等の名称編者・著者(共著の場合のみ)該当ページ数概要
六朝江南地域史研究単著2006年10月汲古書院  六朝時代江南の歴史と地域的特徴を分析したもの。冒頭に、六朝江南史研究の研究史を置き、従来の研究の文献目録的意味をもたせ、かつ本書の研究史上の位置づけを明確にしたうえで、六朝江南史の前提としての三,四世紀の南下流民と王朝の対策、これと前後して進んだ江南の開発の実態と地域的偏差、江南社会研究の重要資料である出土墓と副葬品、江南諸王朝の首都であり、華北の首都と異質な要素の多い建康の研究の四部に分けて、各論点の論文を編集したもの。全631頁
六朝政治社会史研究単著2013年02月汲古書院  六朝時代の歴史的特質を、官僚制と社会秩序の分析によって考察しようとしたもの。六朝官僚制については、形態や機能が疑似近代官僚制的で、支配体制として機能する側面を持つ一方、社会的支配者たちの地位を正当化する役割を果たす性格のものであったことを強調した。また、当時の社会的秩序はその官僚制を基軸にさまざまな身分の序列による安定的固定的状態が存在していたと推量した。なお、附編として、六朝時代研究の研究史三篇を附載している。全620頁
論文・解説等
書名単著・共著年月発行所、発表雑誌 (及び巻・号数)等の名称編者・著者(共著の場合のみ)該当ページ数概要
「東晋時期揚州的流民問題及其歴史意義」単著2006年01月『社会与国家関係視野下的漢唐歴史変遷』華東師範大学出版社 176~187東晋時期、南下して長江流域に移住した流民に対する王朝の対策について、長江南北岸の居民と、江南内地居民とではその方針が異なり、前者は一時居住、後者は土着化であって、それが流民に対する王朝の位置づけのあり方、すなわち前者に対する華北奪還の兵力、後者に対する江南内地農業生産の労働力としての差と関連したと推測した。
「魏晋南北朝的城市与官人」単著2007年03月『中日学者論中国古代城市社会』三秦出版社 95~116六朝時代には、官僚として都に住むことを嫌悪あるいは否定的に評価する風潮が存在した。この風潮を出発点に、当時の社会における村落社会を価値基準とする都会観、その都会観と密接不可分な都会における官僚生活への評価を解明し、都市居住化する貴族が、実は貴族本来のあるべき姿からの逸脱であると意識されていたこと、そのような意識が、六朝貴族の本質を認識する上での重要な要素であると主張した。
「六朝における官僚制の叙述」(査読付)単著2009年09月「東洋学報」91巻2号 31~62官僚制の記録は主として、正史の百官志に集約されている。そこでは、もとは官僚制の制度的記事と任官者の一覧が並存しており、それゆえ百官表と呼ばれていたが、やがて任官者の記録が脱落し、名称も百官志と変化する。一方、民間ではこの変化に対応するように、任官者や任官記録を重要要素とする官僚制に関する著作が増加する。この変化を王朝と民間それぞれの官僚制に対する認識の差と関連付けて分析した。
「漢唐間における地理の叙述とその系譜」単著2010年12月「郵政考古紀要」50号 178~195中国古代において、地理はいかなる形式で記録され、その記録の特質は何かを分析したもの。『隋書』経籍志の記事をもとに、地理は政治的支配の根本要素の一つであり、地理記録の内容は、自然状況と人為的行政区画に加えて、各地の地理的状況に応じた支配のために、各地の風俗物産を含むものであったことを明確にするとともに、漢以後はその内容の内、風俗物産の部分が欠落すること、それを補うために、私撰の地理書が漢唐間に大量に出現することを証明したものである。
「略論六朝建康与江南社会的発展」単著2015年07月南京暁庄学院学報 47~50六朝時代、首都建康が江南地域西北部に位置したことによって、江南地域の消費と生産、流通、さらには社会構造等に特異な状況を生み出したことを、建康の大人口の消費の特徴、その消費に対応する周辺地域の商品生産の実態、生産地と消費地建康結ぶ水上流通網と流通従事者の性格などの観点から論じた。
「魏晋南北朝都城研究のひとつの可能性」単著2016年03月『中国都市論への挑動』(汲古書院) 3~31 魏晋南北朝都城に関する従来の研究を概観し、その問題点として、都城そのものに対する認識が社会全体との関係のなかに位置づけられるのではなく、当時の一般社会とは隔絶した性格を持つ区域と認識される傾向があったことをまず指摘した。そして、このような傾向は、都城研究が当該時期の総体的歴史性認識を妨げるものであり、都城と当時の社会との緊密な関係に注目すべき必要があると主張し、その一つの方法として、都城圏社会なる概念を試論的仮説として提出した。都城圏社会とは、都城の周辺に、都城的要素の影響を受容しながら拡散していく社会である。この都城圏社会の仮説が、上記問題点の克服のひとつの方法となり得るのではないかと論じた。
その他
書名単著・共著年月発行所、発表雑誌 (及び巻・号数)等の名称編者・著者(共著の場合のみ)該当ページ数概要
(書評)安田二郎『六朝政治史の研究』単著2004年05月「集刊東洋学」91輯 97~104標題の著書の紹介と批評を行った。
(学会発表)「東晋時期揚州的流民問題及其歴史意義」単著2004年10月「「社会与国家関係視野下的漢唐歴史変遷」国際学術研討会」華東師範大学  東晋初期、南下して長江流域に移住した流民に対する王朝の対策について、長江南北岸の居民と江南内地居民とではその方針が異なり、それが王朝の流民に対する利用のあり方と関連したと推測した。
(論文)「「都邑」の叙述」単著2005年03月『中国都市研究の史料と方法』大阪市立大学文学研究科都市文化研究センター 31~55『史通』の文章を手がかりに、都城を示す「都邑」という概念の独自の内容について分析し、あわせてその概念に含まれる歴史的現象を記述する著作の佚文を収集し、古代中国の都城概念を確認しようと試みた。
(訳書)『古代江南の考古学』(羅宗真原著)共著2005年05月白帝社  原著は六朝時代に関する考古学的成果を概説したもので、都城遺跡、帝王の陵墓、貴族豪族墓、墓誌、副葬品、仏教建築遺跡、当時の東西文化交流等が主たる内容。これを平易な内容に再編集して翻訳した。全331頁
(概説)「建康、その伝統と革新」単著2005年08月「アジア遊学」78号 34~53東晋南朝の首都建康が、古代中国の伝統的な都城概念と、江南立地による革新的な要素を併せ持つことを述べた。
(講演)「日本的東洋史学研究」単著2006年12月包頭師範学院  日本の東洋史研究の歴史と現状を、代表的研究者とその主要著作、研究主題、研究方法、研究機関等々について紹介した。
(著書)『魏晋南北朝における血縁的および地縁的結合の歴史的関係の研究』単著2007年03月科学研究費成果報告書  貴族制と規定される当時の社会において、家族・一門を中心とする血縁関係と、生活圏を中心とする地縁関係の関連について論じるとともに、問題分析の重要資料である出土墓誌中の人名地名索引を附したもの。全84頁
(概説)「日本的東洋史研究」単著2007年08月「陰山学刊」(包頭師範学院)20巻4期 72~76日本の東洋史研究の歴史と現状を、代表的研究者とその主要著作、研究主題、研究方法、研究機関等々について紹介した。
(講演)「魏晋南北朝における公文書行政」単著2007年11月第11回「六朝学術学会」湯島聖堂  魏晋南北朝時期における公文書の種類と機能、及びその行政機構における運用を概観した。
(索引)『魏晋南北朝墓誌人名地名索引』共著2008年09月科学研究費研究資料 1~188著録および新出土の魏晋南北朝墓誌の人名・地名索引。全188頁
(論文)「晋南朝墓誌と公文書」単著2009年02月『魏晋南北朝史と石刻史料研究の新展開』科学研究費成果報告書別冊  西晋南朝墓誌に言及される公文書の名称と、尹お湯される原文書原文を集成し、当時の公文書の体系・機能や家庭での保管方法、保管文書の現実的機能等について考察した。
(概説)「魏晋南北朝における公文書行政」単著2009年03月「六朝学術学報」11号 135~144魏晋南北朝時期における公文書の種類と機能、及びその行政機構における運用を概観した。
(索引)『魏晋南北朝墓誌官職名索引』共著2009年11月文部科学省特定領域研究研究成果報告  著録および新出土の魏晋南北朝墓誌の官職名索引。全99頁
(学会発表)「魏晋南北朝の貴族制と郷里社会」単著2010年05月第2回「日中学者中国古代史論壇」日本教育会館  魏晋南北朝の貴族制の成立過程については、在地社会(郷里社会)の歴史的な構造の中から、世論を契機として貴族層が形成されたという有力学説があるが、その説を基本として、いったん形成された貴族制の維持に対して在地社会がいかなる役割を果たしたか、もしくは成立した貴族性が在地社会といかなる関係にあったかについて、試論を提示した。
(学会発表)「買地券と墓誌の間」単著2010年07月第3回「中国石刻合同研究会」明治大学  被葬者の墓地購入記録である買地券と、被葬者の出身地・身分・家系などを記録する墓誌は基本的には明確に区別される副葬品であるが、その両者を兼ねる特異な出土遺物が南朝において1件のみ存在する。その内容を分析した。
(概説)「魏晋南北朝の貴族制と郷里社会」単著2011年09月『魏晋南北朝における貴族制の形成と三教・文学』汲古書院 7~12魏晋南北朝の貴族制の成立過程については、在地社会(郷里社会)の歴史的な構造の中から、世論を契機として貴族層が形成されたという有力学説があるが、その説を基本として、いったん形成された貴族制の維持に対して在地社会がいかなる役割を果たしたか、もしくは成立した貴族性が在地社会といかなる関係にあったかについて、試論を提示した。
(学会発表)「魏晋南北朝都城研究の可能性」単著2013年09月魏晋南北朝史国際シンポジウム「歴史のなかの都城の作用」東京大学   魏晋南北朝都城研究を概観して、それが都城と一般社会を関連付け、総体的に認識する視点を欠落させる傾向にあったとし、その克服のために、都城圏社会なる方法論的仮説を提唱した。都城圏社会とは、都城が存在することによって、その都城的要素が周辺に拡散した結果、その影響を受けた社会のことである。これによって、都城と一般社会を関連付けた認識が可能になり、従来の都城研究に新しい視野を導入することが期待されると述べた。
(コラム)「江南の開発と経済発展」、「豪族と貴族」単著2013年11月『中国経済史』名古屋大学出版会   コラム標題につき、簡単な説明を行った。
(国際研究集会趣旨説明)「魏晋南北朝時期「都城圏」社会研究の意図」単著2014年12月国際研究集会「魏晋南北朝の主要都城と都城圏社会」予稿集 1~15 従来の魏晋南北朝都城研究が、都城と当該時期の社会との関係を一体的にとらえる認識を欠落させている傾向にあることを問題点として指摘し、その克服のために都城圏社会なる試論的仮説を提出した。都城圏社会とは、都城がその周辺に都城的要素を拡散させ、そのことによって都城の影響を受ける地域である。このような発想によって、都城と社会の緊密な関係を認識することが可能となり、さらに都城そのものの歴史的性格の把握が容易になると論じた。
(招待講演)「略論六朝建康与江南社会的発展」単著2015年05月国際高層論壇「六朝建康城・東方大都会」南京六朝博物館   六朝建康が江南地域の西北部に偏って立地し、しかもその大人口の消費が都市的性格であることから、生産基地である江南東南地区の生産のあり方に商品生産的性格を強くさせるとともに、建康と江南東南地区を結ぶ水上流通交易の反映をもたらし、その沿線地域に輸送業が発展して、この地域の社会的な構造にも影響を及ぼすという、江南地域全体の社会変化と建康の関係を概略的に述べた。
「『新中国出土墓誌』刊行20周年記念日中合同中国石刻国際シンポジウム(研討会)報告記」単著2016年04月東方書店、東方、422号 12~16 標題のシンポジウムについて、発表内容を紹介し、現在の石刻研究の問題点を指摘した。
資金等受入状況
研究資金
開始年月終了年月事項金額内容
2005年04月2008年03月科学研究費補助金基盤研究(C)(2)魏晋南北朝における血縁的および地縁的結合の歴史的関係の研究2000000魏晋南北朝時代の地域社会における社会的結合の特質を考察しようとした研究。当時の地域社会には家族と姻戚を中心に結びついた集団が存在し、社会秩序の重要要素となっていたが、一方で日常生活空間のなかで構築される地縁的な関係が重要な意味をもっていた。その両者がどのように関連をもっていたかを分析することで、この時代の地域社会の歴史的な意味を明らかにしようと試みた。特に百口といわれる血縁的集団が得意な役割を果たしていることを明確にした部分が成果である。
2009年04月2012年03月科学研究費補助金基盤研究(C)魏晋南北朝における地域意識と地域文化に関する総合的研究3400000文献史料と考古学的資料の総合的分析から魏晋南北朝時代における地域意識と地域文化の生成と発展を検証しようとしたもの。具体的には文献史料としては、当時盛んに編纂された地方志について、佚文を収集して、その編纂の事情と内容を分析し、各地の地域意識を明確にするとともに、出土副葬品の地方差等に注目して、地域文化の差異を確認しようと努めた。その結果、地方志編纂においては、かなりの地域差が認められ、出土品においても、鎮墓獣と呼ばれる明器の地方差から、各地の地域文化の具体像を明確にする成果を得た。
2012年04月2013年03月科学研究費補助金(研究成果公開促 進費)1600000以下の内容の著書の出版についての助成を申請し、採択された。六朝時代の歴史的特質を、官僚制と社会秩序の分析によって考察することが主題で、六朝官僚制については、形態や機能が疑似近代官僚制的で、支配体制として機能する側面を持つ一方、社会的支配者たちの地位を正当化する役割を果たす性格のものであったことを強調した。また、当時の社会的秩序はその官僚制を基軸にさまざまな身分の序列による安定的固定的状態が存在していたと推量した。なお、附編として、六朝時代研究の研究史三篇を附載する。
2012年04月2015年03月科学研究費助成事業(基盤研究(B))魏晋南北朝時期主要都城の「都城圏」社会に関する地域史的研究9200000魏晋南北朝時代の都市研究が、首都それ自体の立地や形態に限定されている状況(中国都市研究の一般的傾向でもある。)を克服することを目指して、「都城圏」なる概念を導入し、新しい都市研究の方法を開拓しようとしたもの。「都城圏」とは都市を中心として、都市の政治的・経済的影響を受けつつ都市周辺に形成された一般的な農村社会とは性格を異にする社会の意味であり、その性格は地域によって異なることが予測される。そのことを当時の各地における代表的な都市(長安・洛陽・建康・成都・鄴等)について分析し、中国史における都市の役割を明確にすることを目的としている。